ユークリッド環
本稿ではユークリッド環について考察する.
ユークリッド環の雰囲気をつかむことから始めよう.
例1.
$ 8$は$ 3$で割ると$ 2$だけ余る:
$$ 8=3\cdot 2+2\rlap{.}$$
このことは一般の整数に言えて,ユークリッドの互除法が使えることの根拠になっている.
これは非常に簡単な例だが,次の例も見ておこう.
例2.
$ x^3+2x^2+3x-5$は$ x^2+1$で割ると,$ 2x-7$だけ余る:
$$ x^3+2x^2+3x-5=(x^2+1)(x+2)+2x-7\rlap{.}$$
つまり,整式(整数係数の多項式)は整数の場合と同じように割り算が行える.つまり,ユークリッドの互除法が使える.
このように,ユークリッドの互除法が成り立つような環のことをユークリッド環という.厳密な定義は後で与える.
ユークリッド環にならないような例についても考えてみよう.
例3.
二変数の整式がなす環はユークリッド環ではない.
例えば,$ x^2+2y^2-4xy+5x-8y+1$を$ x+y$で割ることなどを考えると,どのように商を選んでも,2次以下の項を消すことができない.
このような環と,ユークリッド環になる違いは何だろう.考えてみて欲しい.
答えは,適当な”余りを評価する指標$ \phi$”の存在である.
例えば例1では余りの大きさがそのまま$ \phi$として取れるし,例2の場合は整式の次数が$ \phi$となる.ところが例3ではこの次数によっては余りを正当に評価できない(実際にこのような$ \phi$が存在しないことは後で示すが,直接的には難しい).
もう一つ,例を観察しよう.
上の二つの例は高校の数学で学ぶような例ではあるが,$ \phi$を見つけさえすれば,もう少し変わったユークリッド環を見つけることができる.
例4.整数の実部と虚部をもつ複素数.
$ 6+5i$を$ 2+3i$で割ったあまりを考えよう.複素数には(平面と同一視することにより)距離が定まるから,実部と虚部が整数であるもののうち,$ 2+3i$と$ q$の積が最も$ 6+5i$に近くなるように商$ q$を選べばよい.計算の実用的な方法については以下に示すが,今は$ q=2-i$とすることで,
$$ 6+5i=(2-i)(2+3i)+(1+0i)$$
とすることができる.
挑戦:
上の計算をせよ.整数の場合の類似で考えるとやりやすいかもしれない.
このように,ユークリッド環と呼ばれる環は,割り算の表示が行える環のことである.また,その環の構成には"余りを評価する指標"を決定すればよいということが分かった.
次に,これらのことを整理しながら,厳密な定義を与えよう.